大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10180号 判決 1971年11月18日

原告 木下輝雄

右訴訟代理人弁護士 松田孝

被告 北浦千恵子

被告 村上静男

右被告ら訴訟代理人弁護士 松田孝

同 吉原弘子

同 川端楠人

主文

原告に対し、被告北浦千恵子は金一八〇万円、被告村上静男は金一六〇万円および右各金員に対する昭和四一年一二月一八日以降支払ずみまで、年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

「原告に対し、被告北浦千恵子は金二三〇万円、被告村上静男は金二一〇万円および右各金員に対する昭和四一年一二月一八日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言

二、被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1(1)原告は、昭和四一年一〇月一四日被告北浦との間で、同被告を売主、原告を買主として、東京都世田谷区成城町二二二番地宅地三三七・一九平方メートル(一〇二坪)について、代金を金一、四七九万円、その支払方法は契約成立時に金五〇万円、同年一一月一六日までに金二八〇万円、同年一二月一五日までに残金をそれぞれ支払う旨の売買契約を締結した。

(2)原告は、昭和四一年一〇月一四日、被告村上との間で、被告村上を売主、原告を買主として、東京都世田谷区成城町二二二番三宅地七一四・六九平方メートルのうち、三七七・八一平方メートル

(一一四・二九坪)について、代金を金一、三七一万四、八〇〇円、その支払方法は契約成立時に金五〇万円、同年一一月一六日までに金二六〇万円、同年一二月一五日までに残金をそれぞれ支払う旨の売買契約を締結した。

2ところで、原告は、被告北浦に対し、昭和四一年一〇月一四日金五〇万円を、同年一一月一六日金一〇〇万円を、同年一二月三日金八〇万円をそれぞれ支払い、被告村上に対し、同年一〇月一四日金五〇万円を、同年一一月一八日金一〇〇万円を、同年一二月五日金六〇万円をそれぞれ支払ったが、前項の各期限までに被告らに対する各残代金を完済することができなかった。

3、そこで、被告らは、原告に対し、それぞれ昭和四一年一二月一七日到達の書面により、原告の債務不履行を理由に、被告北浦においては前記第一項(1)記載の、被告村上においては同項(2)記載の各売買契約(以下「本件各売買契約」という。)を解除する旨の意思表示をなし、したがって、右同日本件各売買契約は解除されたので、被告らはそれぞれ原告に対し、原告より売買代金の一部として受領した前記第二項記載の金員(被告北浦においては合計金二三〇万円、被告村上においては合計金二一〇万円)を返還すべき義務がある。

4、よって、原告は本件各売買契約解除に基く原状回復請求権に基き、被告北浦に対し金二三〇万円、被告村上に対し金二一〇万円および右各金員に対するそれぞれ被告らがこれを受領した後であることが明らかな昭和四一年一二月一八日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による利息金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

1、請求原因12各記載の事実は認める。

2、同3記載のうち、被告らがそれぞれ原告主張のような書面によりその主張のような意思表示をしたことは認めるが、その余の主張は争う。

三、被告らの抗弁

1、被告らの原告に対する昭和四一年一二月一七月到達の書面による解除の意思表示は、被告らと原告の間の通謀による虚偽表示であるから無効である。

すなわち、原告は、本件各売買契約の最終代金支払期限が切迫しても、被告北浦に対する残代金一、二四九万円、被告村上に対する残代金一、一六一万四、八〇〇円を支払える見込がなかったことから、本件各売買契約を仲介した訴外レイモンド不動産株式会社に対し、資金融資の斡旋方を依頼し、その結果右訴外会社代表者である訴外姫野千穂と訴外加藤フキの代理人である訴外中田晴久との間で、訴外加藤において、原告に対し、前記売買残代金相当額を融資する、その担保として本件各売買契約の対象となった前記各土地(以下「本件各土地」という。)につき、売渡担保名下に右訴外人名義で所有権移転登記を受ける、原告は昭和四二年三月三一日までに諸費用と残代金について日歩金八銭の利息を付して支払ったときは本件各土地を買戻すことができる、との合意が成立し、原告もこれを了したが、右によれば本件各土地は被告らから原告および右訴外人に対し二重売買された形式になるため、昭和四一年一二月一五日ごろ、被告らは前記訴外会社を介し原告との間で、本件各売買契約を一応形の上だけで解除する旨合意を成立させ、右訴外会社の指示にしたがって原告主張のような解除の意思表示をしたに過ぎないのであって、その後被告らは原告より原告が前記訴外人より融資を受けた残代金相当額をそのまま全額受領し、取引はすべて終了したものである。

2、かりに右主張が認められないとしても、昭和四一年一二月一六日ごろ、原告と被告らとの間で、本件各売買契約の最終的な清算方法として、被告らにおいて本件各土地を前記残代金相当額で前記訴外加藤に売却し、原告の支払済代金については原告と右訴外人との間で清算する旨の契約が成立し、これに基き被告らは右訴外人に対し本件各土地を右残代金相当額で売却したものであって、原告と被告らの取引は清算ずみである。

3、かりに右1、2の主張が認められないとしても、本件各売買契約締結にあたり、被告らは原告よりそれぞれ金五〇万円の手付金の交付を受けていたが、右売買契約には原告が契約条項に違反したときには被告らにおいて手付金を没収できる旨の約定があるので、被告らはそれぞれ右約定に従い原告の支払遅滞を理由に右手付金を没収した。そしてその余の原告支払分については昭和四一年一二月一四日ごろ、原告と被告らの間で、原告においてその返還を被告らに対し請求しない旨の合意が成立した。

4、かりに以上の主張がすべて認められないとしても、被告らは原告の履行遅滞による債務不履行によって、原告の支払済代金相当額の損害を蒙ったので、被告らは本訴(昭和四五年一月二一日の本件口頭弁論期日)において、右損害賠償債権(被告北浦については金二三〇万円、被告村上については金二一〇万円)をもって、原告の本訴債権とをその対等額において相殺する旨の意思表示をした。

すなわち、被告らは本件各土地の代替地を購入しなければならなかったところから、早急に残代金相当額を入手する必要があったので、本件各土地を残代金相当額でしか前記訴外加藤に売却できず、原告の支払済代金相当額の得べかりし利益を失った。右は原告の債務不履行によって生じた損害である。

四、抗弁に対する原告の答弁

1、抗弁1、2各記載事実はすべて否認する。

2、抗弁3記載事実のうち、本件各売買契約成立時に原告が被告らに対し、それぞれ金五〇万円を交付したこと、右契約には被告ら主張のような手付金没収の約定があることは認めるが、その余の事実は否認する。

3、抗弁4記載事実のうち、原告らが被告らに対する残代金の支払を遅滞したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告ら主張のような損害は原告の債務不履行と因果関係はない。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告が被告らとの間で、それぞれ本件各売買契約を締結したこと、本件各売買契約に基き、原告が被告北浦に対し、合計金二三〇万円、被告村上に対し合計金二一〇万円をそれぞれ支払ったが、被告らに対する各売買残代金をその支払期限までにいずれも完済することができなかったこと、被告らが原告に対し、それぞれ原告主張のような書面により原告の債務不履行を理由に原告主張のとおり本件各売買契約を解除する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、ところで、被告らは、まず右解除の意思表示は原告と被告らの間の通謀による虚偽表示である旨主張するので、この点について検討する。

証人姫野千穂の証言(第一回)中には、被告らのなした右解除の意思表示については、予め原告、被告らの間で本件各売買契約を真に解除する意図によるものではなく、単に形式上のものに過ぎない旨の了解がついていた旨、右被告ら主張にそう証言があるが<証拠>を総合すると、原告は本件各売買契約につきその最終支払期限である昭和四一年一二月一五日までに売買残代金(被告北浦につき金一、二四九万円、被告村上につき金一、一六一万四、八〇〇円)を支払える見込もなく、一方、被告らは他に本件各土地の代替地を求めるため早急に資金が必要であったことから、本件各売買契約を仲介した訴外レイモンド不動産株式会社代表者姫野千穂は、その責任上訴外中田晴久に資金の融資方を依頼し、自ら担保のために自己所有の電信電話債券を右訴外人に預託したうえ、右訴外人より、昭和四一年一二月一七日被告らに対し直接それぞれ前記売買残代金額を交付させたこと、右訴外人は右交付金の返還を担保するため訴外姫野に対し本件各土地につき売買名下に自己の実姉である訴外加藤フキに所有権を移転することを要求し、これに応じ、右同日被告らと訴外加藤との間で本件各土地につきそれぞれ前記売買残代金額を売買代金とする売買契約が締結され、そのころこれに基いて右訴外人のため所有権移転登記がなされたこと、訴外中田は原告とは面識もなく一切は訴外姫野との交渉により前記訴外会社の代表者たる右訴外人を信用し前記のとおりの出捐をしたこと、原告において昭和四四年八月被告らに対し、本件各売買契約の解除に基き、支払済分の売買代金の返還を要求する旨の内容証明郵便を発送したが、これについての被告らの返答はいずれも原告において売買残代金の支払を遅滞したため、昭和四一年一二月一六日付内容証明郵便をもって解除し、手付金と中間金の支払分は違約金として没収したというのであって、右は適法かつ有効な解除の意思表示を前提としているものであることを認めることができるのであって、右認定から窺える、本件各売買契約につき被告らより解除の意思表示がなされた際、契約解除を仮装することにつき、特段の必要性が認められないこと(むしろ被告らと訴外加藤との間の新たな売買契約のためには被告らと原告との間の従前の本件各売買契約を解除する必要がある。)および被告らの解除の意思表示後の言動にあわせ、<証拠>を総合すると、冒頭掲記の証人姫野千穂の証言部分はたやすく信を措き難く、原告作成部分は原告本人尋問の結果(第二回)、訴外姫野千穂作成部分は証人姫野千穂の証言(第二回)によってそれぞれ成立の認められる乙第九号証をもってもこの点に関する被告ら主張事実を証するに足らず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、この点に関する被告らの主張は採用の限りではない。

三、次に被告らは、原告と被告らとの間で、本件各売買契約の最終的な清算方法として、被告らにおいて本件各土地を前記売買残代金相当額で訴外加藤に売却し、原告の支払済代金については原告と右訴外人との間ですべて清算する旨の契約が成立し、原告と被告らの取引も清算されたと主張するので検討するに、前認定のとおり本件各土地については昭和四一年一二月一七日被告らと訴外加藤との間でそれぞれ原告の未払売買代金をもって売買契約が成立し、証人中田晴久の証言によれば、右売買契約には昭和四二年三月三一日まで買戻しに応ずる旨の特約があったことが認められ、証人姫野千穂の証言によれば、右特約は原告において右期限までに訴外加藤に対し右売買契約の代金・利息等を支払って買い戻す旨、原告の了解のもとになされたというのであるが、右証言は原告本人尋問の結果(第一回)と対比すると直ちに信を措き難く、そのうえ、かりに右証人の証言を前提としてもそれだけをもってしては、原告と被告らとの本件各売買契約の解除に伴う原状回復義務につき原告と被告らとの間で最終的清算方法の取り決めが証拠上認められない本件にあっては、直ちに原告と被告らとの関係がなんらの債権債務も伴わずに清算されたものとは断ずることはできず、(原告が訴外加藤から買戻しが出来た場合は格別それが出来なかった場合には依然原告と被告らの間の清算関係は残る。)その他この点に関する被告ら主張事実を認めるに足りる十分な証拠はない。

したがって、この点に関する被告らの主張もまた採用の限りではない。

四、さらに、被告らは原告の支払済の金員のうち各金五〇万円は手付であり、原告の債務不履行により特約に基いて没収し、その余は原告において被告らに対しその返還を請求しない旨約したと主張するので検討する。

原告が本件売買契約成立時に被告らに対し各金五〇万円を支払ったこと、右売買契約には原告が契約条項に違反したときには被告らにおいて手付金を没収することができる旨の約定があることは当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によると原告が被告らに支払った前記各金五〇万円は手付金であることが認められ(右認定に反する証拠はない。)、原告が本件各売買契約に基く売買代金をその支払期限までに完済することができなかったことも前記のとおり当事者間に争いがないから被告らは前記約定に基き前記各金五〇万円をいわゆる違約手付として没収できうるものであり、したがってこの限度で原告の原状回復による返還請求権は消滅したものといわなければならない。しかして、各右金五〇万円を除くその余の金員につき原告において被告らに対しその返還を請求しない旨を約したとする点は本件全証拠をもってしてもこれを認めるに足りない。

五、さらに進んで被告らの相殺の抗弁について判断する。

被告らが他に早急に資金が必要であったことから、本件各土地を訴外加藤に対しそれぞれ原告の未払売買代金額で売り渡したことは前認定のとおりであるが、他に特段の事情の窺えない本件にあっては、被告らの主張する損害なるものは、原告の債務不履行から一般に生ずる損害ということはできず、したがってその間には相当因果関係がないものというべきであるから、被告らの相殺の抗弁はすでにこの点において理由がないものというべきである。

六、以上によれば、被告北浦および同村上は、本件各売買契約の解除による原状回復義務としてそれぞれ原告より受領した金二三〇万円、金二一〇万円からそれぞれ違約手付として没収した金五〇万円を差し引いた金一八〇万円、金一六〇万円およびそれぞれの金員に対するこれを受託した後であって原告の請求する昭和四一年一二月一八日以降支払ずみまでまで民法所定年五分の割合による利息金を支払う義務があることが明らかである。

よって、原告の本訴請求は右の限度で正当であるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六号を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利教)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例